
相場分析動画は、FX動画の中でも特に多く投稿されるジャンルである。
その中でも、次のような構成の動画をよく見かける。
レンジ相場に上下のラインを引き、
「上に行けば〇〇」
「下に行けば▲▲」
上に行く理由は○○、
下に行く理由は▲▲――。
だが、この相場状況に対して、なぜそこまで説明を加える必要があるのだろうか。
上に行く可能性と下に行く可能性、両方の理由を同時に提示されれば、情報量は確実に増える。
そして、
情報量が増えるということは、判断に迷う余地が増える、ということでもある。

レンジ相場は「わからない」で止めていい
ここで、少し視点を変えてみたい。
レンジ相場は「わからない」と考え、それ以上、考えない。
上か下かは、まだ判断できない。
だから「そういうものだ」と受け取り、考えることを止める。
この場合、その日のチャートチェックは、文字どおり「見た通り」で終わり、数秒で終わる。

そして翌日、決まった時間に同じチャートを見て、昨日と比べて何か変化があったかどうかを確認する。
これも数秒で終わる。

この作業を淡々と続けていけば、相場がどちらに動き出したのかは、いずれ自然と見えてくる。
考える作業は、その段階からでも遅くないのではないだろうか?
なぜ「わからない」と言えないのか

そもそも、今の日本社会は「わからない」を肯定する価値観で育っていない。
学校教育では、常に「正解を出すこと」が優先される。
テストはその象徴であり、評価は点数として可視化される。
数学、英語、理科、社会、国語。
ほぼすべての科目で、「正解がある」前提で学習が進む。
だが、少し立ち止まって考えると、違和感を覚えないだろうか。
例えば国語の問題。
「〇〇のときの登場人物の気持ちを、○○字以内で答えよ」
人の感情は、本来それほど単純ではない。
同じ場面を見ても、悲しくなる人もいれば、何も感じない人もいる。
悲しい体験をした後に嬉しいことがあった ことを思い出す人は、むしろ楽しい気持ちに なるかもしれない。
また、物語を感情ではなく、構成や演出といった「作り手の視点」で読む人もいる。
その中での「正解」とは、一体何なのだろうか。
正解を探す力が、価値を失いつつある時代

正解を探す行為は、「答えがあらかじめ用意されている世界」では有効である。
学校の試験。
会社のルーティン業務。
そこにはマニュアルがあり、正解はすでに決まっている。
しかし、時代は変わりつつある。
これからは、社会のさまざまな領域でAIが正解を提示するようになる。
正解は、スマートフォン一つで、しかも無料で、瞬時に手に入る。
つまり、
正解を知っていること自体の価値は、確実に下がっていく。
「わからない」と言えることが価値になる

では、AI時代に求められる態度とは何か。
それは、わからない状況に対して、「わからない」と認めることだ。
不確実な状況を、無理に理解しようとしない。
説明をつけようとしない。
ただ、事実を淡々と追う。
不確実な状況に対して正解を求め続けると、人は疲れる。
だが、事実だけを見続けていれば、「わからない状況」は、いずれ「わかる状況」に変わる。

これは「正解を探す」という行為ではない。
正解が出るまで、待つという姿勢である。
予測力とは、限界を知る力である

一見すると矛盾しているようだが、予測力とは「当てる力」ではない。
自分が予測できる限界を知る力である。
為替の世界において、100%の予測など、そもそも存在しない。
にもかかわらず、
予測できない領域まで考え始めると、そこに「期待」や「願望」が混ざり込む。
だからこそ、
ここまでは予測できる。
それ以上は、予測できない。
この線を引く必要がある。
正解が出るまで待つ。
それだけでいい。
待った結果、予測が外れても問題はない。
次のシナリオを立てればいいだけだからだ。
今、できることを全力でやる

この考え方は、FXに限らない。
仕事も、人生も同じである。
不確実な未来に対して、あれこれ考え続けても、前には進まない。
今、自分にできることを全力でやる。
結果を見て、次にやるべきことを決める。
それだけでいい。
「わからない相場を、わからないと割り切る」
それは、思考を止めることではない。
判断の質を上げるために、考えない時間を選ぶということだ。
「予測力」をFXやAIにどう活かすかに興味がある人は、セミナーページを覗いてみてほしい。
