
今、「21世紀のAIトレーダーセミナー」のWEBページを作成している。
今週は、週末のスクール講義や出版準備などが重なり、正直なところ、なかなか作業が進まなかった。
それでも少しずつ形になり、ようやく全体像が見え始めてきた。
先月も「21世紀のAIトレード」というテーマでセミナーを行ったが、
今回はタイトルを
「21世紀のAIトレーダーセミナー」
とした。
一見すると、言葉尻の違いにしか見えないかもしれない。
だが、そこに込めた意味はまったく異なる。
FXトレーダーを名乗るのがいやだった理由

実は、スクールを立ち上げた11年前から、自分のことを「FXトレーダー」だと考えたことは一度もない。
もちろん、そのように名乗ったこともない。
理由はいくつかある。
一つは、「FXトレーダー」という言葉によって、スクールで教えているFXが、
部屋に何台ものモニターを並べ、一日中チャートを眺め続けるやり方
として受け取られたくなかったからである。
もう一つは、こちらのほうが正直なところだが、FXトレーダーという言葉そのものに、生理的な拒否感があった。
人は「FXトレーダー」という言葉から、どんなイメージを思い浮かべるだろうか。
・複数のモニターに囲まれた部屋
・毎日が稼ぎのチャンスだと考える生活
・過去検証ソフトで延々と分析
・FX関連の技術書を読み漁る
・そして、タワーマンションでの成功者的な暮らし
もちろん、これはステレオタイプにすぎない。
だが、程度の差こそあれ、一般的なイメージとして大きく外れてはいないだろう。
そして、
そのイメージの根底にあるのは、「職人的なもの」ではないだろうか。
一つの技術に全身全霊を注ぎ、他のことの優先順位を下げてまで取り組む姿勢。
自分の中にあった拒否感の正体は、この「職人芸」としてのFXトレード像だった。
なぜ、FXトレードを職人芸にしたくないのか

逆説的ではあるが、自分がFXを「職人芸」として扱うのがいやだった理由は、FXをとても価値のあるものだと考えているからである。
FXは、単なるお金儲けの手段ではない。
自分の思考のクセ、
感情の揺れ、
判断の甘さや偏りを、
否応なく突きつけてくる。
それによって、自分の思考や感情を一段上から眺める力、いわゆる「俯瞰力」が鍛えられる。
また、
相場を点ではなく線で見る感覚は、仕事や生活において物事を「全体」や「つながり」で捉える力にも直結する。
こうした、学校や会社では教えてくれない知的スキルを、FXは非常に濃密に含んでいる。
だからこそ、
「FXトレーダー」という言葉で、それらの要素がそぎ落とされ、FXが単なる職人芸・技術職として扱われることに、強い違和感があったのだ。
AIトレーダーは、何が違うのか

一方で、昨年からスクールにAIを取り入れ、ChatGPT講座を受講生向けに展開する中で、自分の中に小さな変化が生まれた。
AIトレーダーなら、名乗ってもよいのではないか。
そう感じるようになったのである。
ここで言う「AIトレーダー」とは、AIにすべてを任せる人のことではない。
むしろ逆で、AIが得意なことと、人間が担うべきことを切り分けられる人間。
AIによって情報を整理し、過去のパターンを俯瞰し、その上で最終判断を人間が下す。
俯瞰力、
全体とつながりを見る視点、
そして「考えること」そのものを放棄しない姿勢。
この文脈でのAIトレーダーであれば、FXから職人芸のイメージは消える。
そして、
FXは、複数の知の領域をまたぐ一種の教養、あるいはリベラルアーツのようなものとして捉え直すことができるだろう。
FXを「お金を増やすための技術」としてではなく、
「自分を成長させるための投資手法」
として捉えたとき、その思考は仕事や生活全般に広がっていく。
「21世紀のAIトレーダーセミナー」という言葉の裏に、そんな思いを込めている。
もし、このタイトルから何かを感じ取ってもらえたなら、それはもう、同じ地平に立ち始めている証拠かもしれない。
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